ゴールデンスランバー GOLDEN SLUMBER
冴えわたる伏線、印象深い会話、時間を操る構成力…すべての要素が最強の、現時点での伊坂小説の集大成と呼ばれている作品『ゴールデンスランバー』。
伊坂ファンは勿論、そうでない方でものめり込むこと間違いない大作です。
ネタバレになってしまうので簡単にご説明すると、首相暗殺の濡れ衣を着せられた男の、二日間に亘る逃亡劇を描いた作品です。
著者である伊坂幸太郎にとって2年ぶりの書き下ろしとなる本作は、全部で5部構成となっていて、第4部の「事件」が大半を占めています。話の序盤から多くの伏線がはられ、魅力的な人物が数多く登場し、伊坂作品特有のエッセンスをふんだんに盛り込んだ『伊坂小説の集大成』と呼ぶにふさわしい作品となっています。
また、この作品では、主人公である青柳雅春の昔の彼女や、大学のサークル仲間といった周りの人たちとの絆が大きな役割を果たしています。これには、人間が生活する上で一番重要なのは、人との繋がりや、信頼なのではないかという伊坂幸太郎の思いが込められています。
あらすじ
首相公選制が存在する現代。仙台市では金田首相の凱旋パレードが盛大に行われていた。それと時を同じくして、青柳雅春は、数年ぶりに旧友の森田森吾と再会していた。森田の様子がおかしいことを訝しむ青柳に、森田は恐るべきことを告げる。あまりにも巨大すぎる陰謀から、青柳は友達の力を借りて逃亡を始めるが…
ゴールデンスランバー/ビートルズ
タイトルの『ゴールデンスランバー』は、ビートルズの同名楽曲から引用されており、作中にも「ヘルプ!」「カム・トゥゲザー」などのビートルズナンバーのタイトルがあちこちに見られます。
ゴールデン・スランバー(Golden Slumbers)は、1969年に発表されたビートルズのアルバム『アビイ・ロード』に収録されたポール・マッカートニー作の曲で「キャリー・ザット・ウェイト」→「ジ・エンド」、アンコール・ナンバーの「ハー・マジェスティー」と続くメドレーのオープニングを飾る曲です。
この曲は、ポールが実父ジム(ジェームス・マッカートニー)の家に遊びに行った際に義妹・ルース(※実母・メアリーはポールが14歳の時に乳癌で死亡しているがこのアルバムの製作に取り掛かっていた頃実父ジムが再婚した女性の連れ子)に絵本を読み聞かせていた際「ゴールデン・スランバー」というトマス・デッカー(Thomas Dekker)作の子守唄を発見。そこから自由に手を加えて作られたものだそうです。
アビイ・ロード
『アビイ・ロード』(Abbey Road)は、イギリスにおいて1969年9月26日に発売された、ビートルズの12作目のオリジナル・アルバムである。(1987年のCD化においてイギリス盤公式オリジナル・アルバムと同等の扱いを受けたアメリカ・キャピトルレコード編集アルバムのマジカル・ミステリー・ツアーが2009年9月9日にリリースされたデジタルリマスター盤において発売日順に従い9作目に順番付けられた。これにより1順番押し出されて現在12作目とされている。しかし、イギリス盤公式オリジナル・アルバムとしては11作目である。)
1969年初頭からのアルバム『ゲット・バック』のためのセッションが失敗に終わった後、バンドの解散が意識される状況で制作されたアルバムである。ポール・マッカートニーは、「昔のように、かつて自分たちがそうしたように」ビートルズのアルバムを制作することをプロデューサーのジョージ・マーティンに提案、マーティンは、「彼らが以前行った方法」で出来るのであれば、と同意した。
上述の『ゲット・バック』は、本作の完成後、1970年に入ってフィル・スペクターの再プロデュースの下、一部の追加録音やオーケストラのオーヴァー・ダブが行われ、『レット・イット・ビー』として発表された。このような経緯から、本作はビートルズの事実上のラスト・アルバムと呼ばれることも多い。
本作の特色は、B面の大部分を占めるメドレーである。このB面のメドレーについて、ポールとリンゴは「B面のメドレーは僕らの最高傑作のひとつ」と発言しているが、ジョンは「A面は良いけどB面はちょっとね。あれはジャンク(ガラクタ)を集めただけだと思うよ」と些か否定的である。
ジャケット写真は、ロンドンのアビイ・ロード・スタジオ前の横断歩道で撮影され、レコード史上最も有名なものの一つである。エンジニアのジェフ・エメリックは、当初、アルバムタイトルを、エメリックが吸っていた煙草の銘柄にちなんで "Everest" にして、ジャケット写真をエヴェレスト山の麓で撮影する予定だった、と語っている。しかし、「ヒマラヤにまでジャケット写真を撮りにいくのはごめんだ。ちょっと外に出てそこで写真を撮り、タイトルを(通りの名前)アビイ・ロードにすれば良いじゃないか」とポールが発案[2]し、1969年8月8日に撮影された。それでも、行き当たりばったりではなく、一応の打合せはあったようで、ポールによるアイデア・スケッチと簡単なメモが残っている。撮影したのは、ジョンの友人のカメラマン、イアン・マクミランで、警察に依頼して通行止めにしてもらい(背景にパトカーが写っているのは、このため)、30分の間に、メンバーが横断歩道を6回往復するところを撮影した中の1枚を採用した。なお、フォトセッションの直前に撮影された写真が、日本のシングル盤「オー!ダーリン/ヒア・カムズ・ザ・サン」のジャケットに用いられている。
また、裏ジャケの写真は、"ABBEY ROAD"と表示のある塀を撮影したものだが、その際、偶然に青い服の女性が横切ってしまった。結局、これを面白がったメンバーにより、裏ジャケとして採用された。
伊坂幸太郎
千葉県松戸市出身。千葉県立小金高等学校、東北大学法学部卒業後、システムエンジニアとして働くかたわら文学賞に応募、2000年『オーデュボンの祈り』で新潮ミステリー倶楽部賞を受賞しデビュー。その後作家専業となる。
2002年の『ラッシュライフ』で評論家に注目され始め、直木賞候補になった2003年の『重力ピエロ』で一般読者に広く認知されるようになった。それに続く『アヒルと鴨のコインロッカー』が第25回吉川英治文学新人賞を受賞した。
2003年『重力ピエロ』、2004年『チルドレン』『グラスホッパー』、2005年『死神の精度』、2006年『砂漠』で直木賞候補となる。また本屋大賞において唯一第1回から第4回まですべてにノミネートされ、2008年の第5回に『ゴールデンスランバー』で同賞を受賞した。同作品で第21回山本周五郎賞も受賞した。なお同作で直木賞の選考対象となることを「執筆に専念する」ことを理由に辞退している。
受賞歴
- 1996年 - 第13回サントリーミステリー大賞佳作(『悪党たちが目にしみる』、大幅に改訂されて『陽気なギャングが地球を回す』として祥伝社から出版)
- 2000年 - 第5回新潮ミステリー倶楽部賞(『オーデュボンの祈り』)
- 2004年 - 第25回吉川英治文学新人賞(『アヒルと鴨のコインロッカー』)
- 2004年 - 第57回日本推理作家協会賞短編部門(『死神の精度』)
- 2006年 - 平成17年度宮城県芸術選奨文芸部門
- 2008年 - 第5回本屋大賞、第21回山本周五郎賞(『ゴールデンスランバー』)
作風
- 登場人物たちの軽妙な知的ユーモアのある語り口が特徴。若い世代を中心に支持を集めている。
- 周到に張り巡らされた伏線を終盤で一気に回収していく構成の作品が多い(本人によると、あまり先を考えずに戻りながら書いているとのこと)。そのためミステリー作家と紹介されることもあるが、その枠に留まらずエンターテインメント性豊かな作品を発表している。
- 島田荘司から多大な影響を受け、「島田作品はとても好きですね。島田荘司さんがいなかったら、プロの作家になろうなんて思わなかったような気がします」と多数のインタビューにて語っている。
- しばしば作品の中で映画が取り上げられる。例えば、作者が尊敬する映画監督のひとりであるジャン=リュック・ゴダールの映画作品について、作中の登場人物に語らせている。
- 多くの作品間で舞台設定、登場人物や事件などのリンクがある。また、同名でありながら違うキャラクターとして、複数の作品に登場する人物もいる。これは夢枕獏や島田荘司らの作品からの影響である(手塚治虫の影響もある、とも)。
- 多くの作品で仙台を舞台にしている理由について「(自分が住んでいる町なので)嘘がつきやすいから」と語っている。
- 作品の特徴として、「リアルとフィクションの境目の世界」を描いている点が挙げられる。
- 初期の作品では勧善懲悪の ストーリーが殆どだが、著者14作目の「ゴールデンスランバー」を執筆したあたりからその傾向はあまりない。伊坂曰く「現実の問題っていうのはもっともや もやしていてシンプルなものではない。今までは、そのもやもやをせめて小説の中では払拭したいという気持ちがあったが、世の中は本当はそうじゃないという ことはちゃんと知っているという事を読者に知ってもらいたかったから」。
- 息子が1人いる。よく口喧嘩をするとのこと
- 2010年をもって作家生活10周年となる。そのことに関してインタビューをされた時、「この10年間で小説に対するモチベーションがかなり変 わった。最初は読者の反応を気にして、執念をもって小説を執筆していたが、最近は小説を書くこと自体が楽しくてしょうがない」と語っている。
- 作品のうち、2007年に書かれた「ゴールデンスランバー」からを第2期作品としている。同年に書かれた「オー!ファーザー」は2010年に出版され、第1期最後の長編とされている。